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アベグレン奨学基金研究員の選任

本日、小生の恩師だったジェームズ・アベグレン先生を記念する「ア ベグレン奨学基金」の研究員の第1号として選ばれたことが分かりました。アベグレン先生と不思議なご縁がありました。まず大学時代に上智大学へ見学に行った時に、たまたまアベグレン先生の講演でした。そして卒業後にアベグレン先生が立ち上げたボストン・コンサルティング・グループの東京オフィスに入社することになり、会社のイベントの関係でまたお目にかかりました。博士研究を始めてから東京を訪れる度にご相談に伺うようになりました。

アベグレン先生は第二次世界大戦が終わった直後から日本の経済と企業経営を研究され、「日本の経営」、「カイシャ」、「新・日本の経営」などの著書を出されました。ハーバード・ビジネス・スクールで勉強しながら英米流の株主至上主義に対して疑問を抱くようになった小生には、アベグレン先生の思想が非常に参考になりました。企業はお金を作る機械ではなく、長期的な発展を心掛けるコミュニティーであるというアベグレン先生のご指摘は、アメリカのビジネス・スクールでは見落とされている視点です。そして、アベグレン先生との会話は公益資本主義の研究を始めたきっかけの一つにもなりました。

従って、21世紀の資本主義のあるべき姿について研究をこれから進める経緯において、アベグレン奨学基金の後援を賜ることは誠に幸甚です。

資本主義を進化させよう

公益資本主義についてのコラムが東京大学政策ビジョン研究センター(PARI)のホームページに載りました。21世紀のナレッジ・エコノミーに相応しい経済制度を作るための提言を書いてみました。

資本主義の根底にある概念は正に美しい。つまり個人がそれぞれ自分の才能を自由に活かし自分の目的に向かって努力していけば、社会全体において限られた資源の有効な活用が期待できるということだ。しかしそれぞれの個人の活動を調整する見えざる手の力には限界がある。特に先進国の複雑な経済制度においては見えざる手が逆に非効率と不公平な格差を生んでしまっている。PARIのホームページで続きを読む

金融取引税で投機を抑えよう

投機は価値を取り合う、非生産的な活動です。そして市場の動きが激しくなればなるほど投機家が儲かります。その儲けに惹かれて、投機家が増えます。投機家が増えると当然なことに短期的な売買も増えて、結果的に市場の動きがさらに激しくなります。この悪循環で投機活動が膨らんで、生産的な経済活動に使えたはずの資源が投機に費やされてしって、経済成長が妨げられます。健全な経済を維持するために投機を抑える必要がありますが、これはどのように出来るでしょうか。

一つの答えはトービン・タックス(Tobin Tax)という金融取引税です。ポール・クルーグマン(Paul Krugman)は先週のニュー・ヨーク・タイムズで提案しています。以下、「投機家を課税する」(Taxing the Speculators)という記事の要点をまとめます。

  • 金融取引税はイギリスを含む欧州の国々が賛成しているものの、ティモシー・ガイトナー(Timothy Geithner)を始めとするアメリカの官僚は強く反対している
  • トービン・タックスという金融取引税のアイディアは、経済学のノーベル賞を受賞したイェール大学ジェームズ・トービン(James Tobin)教授に1972年に提案された
  • 為替にトービン・タックスをかければ、長期投資や実物取引を目的にしている場合には負担が極めて小さいが、日々無数の取引を繰り返している投機家にとっては大きなコストになる
  • 為替の取引に限らず全ての金融商品にトービン・タックスをかけると、ウォール街やシティ・オブ・ロンドンで行われている非生産的な金融活動を抑制しつつ、政府の収入源になる
  • この提案に反対している者は実行が難しいと言うが、実際には金融取引が集中しており、比較的に実行しやすいはずだ
  • 短期的な投機マネーの動きが金融危機の一因だったので、トービン・タックスは将来の危機の予防にもつながる
  • オバマ政権はウォール街の影響を受け過ぎている

クルーグマンのロジックに完全に賛成です。トービン・タックスは非生産的な投機を抑えることによって市場の動きを鎮め、長期投資をしやすくします。しかも収入源になります。

アメリカは投機家を代表するヘッジ・ファンド・マネージャーが1000億円を超える個人報酬を受ける投機王国ですから、ウォール街の言いなりになっているオバマ政権が導入しないでしょう。そこで日本は世界をリードして導入したらよいのではないでしょうか。欧州もフォローするでしょう。

トービン・タックスの詳しい分析はセンター・フォア・エコノミック・アンド・ポリシー・リサーチ(CEPR)の白書をご参考下さい。

公益資本主義の勉強会

資本主義をどのように再設計し、さらに発展をさせていくかについて考えるために、10月21日の18:30から東京財団で勉強会を開催しました。モデレーターは一橋大学の菅野寛教授でした。

参加者は予めホームページにコメントを投稿した上で、公益資本主義の発想について議論をしました。主なテーマとしては公開企業と非公開企業の違い、年金ファンドの影響、協力の条件などでした。参加者のコメントが刺激的で面白かったので、ご関心のある方はぜひご覧下さい

株主至上主義の実害 シモンズ・ベッディングの事例

ニュー・ヨーク・タイムズの記事では、短期志向で強欲な株主がシモンズ・ベッディング(Simmons Bedding Company)を崩壊に導いた経緯が詳しく書いてあります。シモンズは133年の歴史を持っている長寿企業ですが、1991年から投資ファンドによる買収が7回も繰り返されました。買収するたびに借金を増やされて、株主に資金を吸い取られました。住宅不動産バーブルが崩壊した時、マットレスの需要が落ち込んで、財務基盤の弱っているシモンズが破産しました。リストラは既に従業員の25%を超えており、企業の将来が不確実です。債権者も巨額の損失を受けそうです。

しかし株主は最後までも企業の価値を吸い取り続けて、シモンズが破産したのにもかかわらず、結局儲かることが出来ました。最後にシモンズを買収したTHL社は、買収の際に3.27億ドルの資金を投資しました。しかしその後、シモンズ社に巨額な借金をさせて、そしてその借り入れた資金の大部分をTHL社への3.75億ドルの配当に使わせました。その上にTHL社はシモンズ社から0.28億ドルの管理費を吸い取りました。

週刊ダイヤモンドの特別寄稿(「公益資本主義の確立に向けて(下)」10月17日号)では投資家と従業員がゼロ・サム・ゲームに陥るリスクについて話をしていますが、シモンズはその明確な事例ではないでしょうか。

公益資本主義について議論するブロッガー

昨日、公益資本主義を批判しているブロッガーのコメントを取り上げましたが、実は多くのブロッガーは公益資本主義を取り上げて、建設的なコメントを書いて下さっています。いくつかご紹介したいと思います。

このコメントが正しいとは限りませんが、今の段階では市民が一緒に「公益とは何か?」や「公益と資本主義との関係はなにか?」などの質問について真剣に話し合うことではないでしょうか。ぜひ、これから有意義で活発なディスカッションをしましょう。

団塊世代Aの暇つぶしブログさんから

公益資本主義とは、極めて普通の資本主義的考え方であると思う。
18世紀イギリスの近代経済学の祖とも言われるアダムスミスが、主著の「諸国民の富」という本の中で使った市場経済における「神の見えざる手」、これこそが資本主義の根本の考え方であるが、アダムスミスはこの「見えざる手」が機能する前提として、市場に参加する個々の人々が、自分の利益を最大化するために最も合理的な行動をとることを前提としていた。アダムスミスは、一方では、道徳哲学者であり、「道徳感情論」という著作もあり、個々人の行動の前提として、道徳、つまり、相手を思いやる同情の感情があって始めて市場が成り立つと考えていたようです。(参考ブログ:アダムスミス) かのアダムスミスでさえも、グローバル市場原理主義的な考え方ではなかったのである。…

いずれにしても、最近の株主至上主義的な資本主義が、大いに間違った考え方であることが、ここ直近の経済危機の中でようやく認知されて来たことは大いに歓迎すべきである。その意味で、この公益資本主義の考え方は、言わば、従来の日本的な経営理念を体現した考え方ではないかと思う。まだまだ、理論的に確立された、具体的なものではないのかも知れない。また、この資本主義の形態を実現するための社会的制度や法人税や株式関係の税制と言った政策面での検討が必要であろう。

役員サロンさんから

経営のあり方について、我社の歴史を見るとき、「企業は人なり」、「企業は公器なり」ということが根底に流れている。社員を最重要資源として育成し、その力を存分に発揮してもらうことが「企業は人なり」であり、事業を進めるに当たり、その仕事を通じて社会に貢献するという仕事への取り組み方(心がまえ)こそが、「企業は公器なり」という考え方なのである。

辻井の目線さんから

この考え方は、決して原氏の独創ではなく古くからこれを唱える学者などは大勢いたのだが、今、氏の主張はまさに時を得ているし、原氏の場合、何よりも行動を伴っているのが素晴らしい。…

利益至上の資本の原理は結局どこかで行き詰まることが、今次々に証明されようとしている。…

全ての市場のプレーヤーに、社会を思う「公益」の自覚がなくては共倒れが待っている。

NightWalker’s Investment Blogさん

公益資本主義の5つのポイント

  • 会社は株主のもの → 従業員、取引先、経営陣、株主のバランスが重要
  • 経営陣のストックオプション → 株価を気にして短期志向になるので排除すべき
  • 高すぎるCEOの給与 → 一般従業員の300倍以上は極端。公平な利益分配を。
  • 投資ファンドの放任 → 短期利益を追求し、企業活動を妨害するファンドを規制
  • 内部留保より配当重視 → 長期的な研究開発への投資を優先し、剰余分を配当に

要は今の資本主義は、短期利益ばかりを追求する結果になりがちで、企業は長期投資しずらくなっている、というわけなんです。

ガレリア・レイノ社長ブログさんから

当社のクレドも、「職業を通して、社会に貢献していくことが私たちの使命です。」というもので
すので、この人の主張する、「公益資本主義」の経営へという考え方には共感を持ちました。

池田信夫教授のコメントについて

上武大学大学院の池田信夫教授は週刊ダイヤモンドで連載された公益資本主義の論文に対し、ブログに批判を掲載しています。第一に批判しているのはゲーム理論の事例ですが、ゲームの設計の正しい理解に基づいていない批判です。

ダイヤモンドの論文に載せているゲームは、通常の囚人ディレンマではなく、企業のイノベーション活動を説明するためのゲームです。そこで、論文に記述の通り、「従業員と投資家の各プレーヤーはそれぞれ二万円の価値・・・を事業に投入する」(1017日号:136ページ)という背景があります。この事例では二人のプレーヤーが協力しなければイノベーションが生まれないという前提をおいておりますので、「裏切る」を選ぶプレーヤーがいると、投入された価値が吸い取られるだけです。例えば、一人のプレーヤーが「協力」を選択し、一人のプレーヤーが「裏切る」を選択すると裏切ったプレーヤーが投入された価値の全てをもらい、協力したプレーヤーは投入した価値を失います。従って、前提からゼロ・サム・ゲームになります。二人のプレーヤーが「協力」を選べば、イノベーションが成功し、新しい価値が生まれ、投入した価値を上回るプラス・サムの結果になります。

このゲームはウォートン・スクールのマリー・オサリバンのイノベーション論をベースに作りましたが、当然ながら企業のイノベーション活動をどこまで正確にモデルできているかについては議論する余地があると思います。

また、池田教授の下記のご指摘について、簡単にお答えしたいと思います。

「すべての関係者が満足できるプラスサムゲームを目指すことが経営者の責任である」という文章も意味をなさない。

このご指摘に賛同する経済学者はミルトン・フリードマンを始めに数多くいると思います。なお、ジェフリー・フェッファー、ヘンリー・ミンツバーグなどの著名な経営学者は、「ステークホルダー型経営」を重要視しています。そして、ハーバード・ビジネス・スクールのラケシュ・クラナ教授は、こうした責任を経営者に持たせる可能性について、丁寧に研究をしています。ご関心のある方は「マネジャー版『ヒポクラテスの誓い」をご参照下さい。

それを実現する「制度設計」として原氏の提案する「利益を公平に分け合う公益資本主義」なるものも、具体的な内容のない美辞麗句を連ねただけだ。

無駄なゼロ・サム・ゲーム(再配分活動)を抑制し、プラス・サム・ゲーム(生産的な活動)を促す制度(インスティテゥーション)は、社会の繁栄において極めて重要であること、経済学ノーベル賞受賞者のダグラス・ノース教授の研究から明確です。こうした制度設計はまだ未熟な分野で研究が必要ですが、週刊ダイヤモンド10月10日号のコラムでは原氏がいくつかの具体的な提案を出しています。

漠然と「長期的な協力が必要だ」というが、かつて「長期的視野の経営」として賞賛された日本的経営が、どういう末路をたどったか知らないのだろうか。

日本的経営の権威のジェームズ・アベグレン先生は私の恩師でした。この研究で目指していることは、日本的経営の復活ではなく、日本の経営とアメリカの経営から学んで、新しい経営理論を構築することです。

公益資本主義の発想はまだ若いので、これから経済、経営、法律、政治、組織、イノベーションなどの専門知識を反映させていくことが重要だと考えています。引き続き、活発で有意義なディスカッション、どうぞよろしくお願い致します。

週刊ダイヤモンド 「公益資本主義の確立に向けて(上)」

公益資本主義研究の特別寄稿は週刊ダイヤモンドの10月10日号(10月5日発売)に載りました。株主至上主義・至上万能主義に陥ったアメリカ経済の問題を分析して、資本主義を考え直す必要性を明確にしています。10月17日号に載る記事の続きでは、公益資本主義の思想を説明して、改革の方向性について書いています。ご関心のある方はぜひご覧になって下さい。

特別寄稿 「株主至上主義・市場万能主義の限界」

週刊ダイヤモンド 特別寄稿 「株主至上主義・市場万能主義の限界」