日本的な経営を深く尊敬していますが、日本企業はイノベーション能力が足りないことも事実だと思います。そうじゃなければ日本経済が20年も停滞することはなかったでしょう。そこでグーグルから学べることがあるかも知れません。失敗を称賛ことです。
グーグルは去年発表した次世代コラボレーション・サービスの「Wave」の開発を中止にし、失敗だと認めました。これについて社長のエリック・シュミット(Eric Schmidt)は下記のように話していました。
We try things … we celebrate our failures. This is a company where it’s absolutely okay to try something that’s very hard, have it not be successful, and take the learning from that. (TechCrunch)
小生なりに日本語に訳しますとこういうことです。
我々は試してみるんです。我々は失敗を称賛します。この会社では、とても難しいことを試して、成功せずに終わって、そしてそこからの学びを得ることが全く大丈夫なんです。
日本企業で「we celebrate our failures」と言える会社はほとんどないでしょう。日本の伝統的な経営はむしろ失敗に対して極めて厳しいと思います。通常の業務を効率よくこなすことにおいてはよいのかも知れませんが、イノベーションを壊してしまいます。
David,久しぶりです。九州大学の高田です。おっしゃる通りで、堂々と失敗を奨励する会社は日本には少ないと思います。3Mでも1940年代に事業部制を導入する際に、社長から社員に対して「失敗の奨励」という以下の内容の手紙が送られました。これが、同社のイノベーティブな風土形成に重要な役割を担っています。
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事業が成長するにつれ、管理職は責任を委譲し、責任の委譲を受けた者が自主性を持つことを奨励することはますます必要になってくる。これには、かなりの忍耐が必要である。権限と責任を委譲された社員が、能力のある社員であるならば、自分のアイデアを持ち、与えられた職務を自らが考案した方法で果たす願望を持つようになる。このような考え方を社員が持つことは、当社の望むところであり、社員を起用する方法が当社の事業方針や業務運営の方法に概ね沿っている限り、むしろ奨励すべきものと私には思えるのである。
過ちは起こる。しかし、それでも過ちを犯した者が自ら基本的に正しいと信じているのなら、長期的に見てその者が犯した過ちは、それほど重大ではないと思う。それよりむしろ重大な過ちは、マネジメントが独裁的になり、責任を委譲した部下に対し、事細かに仕事のやり方にまで指示を与えるところにある。
マネジメントに辛抱する能力がなく、過ちが犯されたときに破壊的に批判的であるならば、自主性が損なわれる。当社が引き続き成長していくためには、自主性を持っている者が社員として大勢いることが不可欠である。
W・L・McKnight
高田さん、面白いコメントをどうも有難うございます。